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CALS/EC効果的事例レポート

第7回
『ICタグによるコンクリートのトレーサビリティ(履歴追跡)
−安心/安全/高効率化を実現する構造物などへの実装の取り組み−』
住友大阪セメント株式会社 取締役常務執行役員
社団法人日本コンクリート工学協会 副会長
立命館大学大学院理工学研究科 非常勤講師 君島健之氏
セメント業界大手の住友大阪セメントは、ユビキタス・コンピューティング技術を応用し、ものを言うコンクリート「電脳コンクリート」の開発を行っている。コンクリートの品質管理での活用から、各種コンクリート製品や建築物、そして、社会資本整備への応用など、安心/安全/高効率を実現するための技術開発・普及を進めている。
この「電脳コンクリート」の取り組みの現状と今後について、同社取締役常務執行役員の君島健之氏にお話を伺った。

ユビキタス・コンピューティングとコンクリート製造技術の融合
RFID組込み誘導ブロックで視覚障害者の歩行を支援
コンクリート強度試験のICT化による品質管理への活用
製品の設計図や耐荷重など、さまざまな情報を入手できる“電脳コンクリート”
総合的な「建築トレーサビリティシステム」への進化を目指して


ユビキタス・コンピューティングとコンクリート製造技術の融合

Q. 「電脳コンクリート」とはどのようなものですか?
A.
君島健之氏の写真
君島健之氏
電脳コンクリートは、コンクリートの技術に、ユビキタス・コンピューティング技術「ucode」(※1)を融合させたもので、当社とYRPユビキタス・ネットワーキング研究所(※2)と共同で開発しています。そこで、同研究所長であり、東京大学大学院情報学環教授/副学環長 坂村健先生のご専門であるコンピュータ・アーキテクチュアを「電脳建築学」と呼ぶことがあるのにちなんで「電脳コンクリート」と名付けました。この技術は、コンクリートやコンクリート製品などに関連するさまざまな情報を結びつけて、必要に応じて、いつでもそれらを呼び出し、音声や画像などによってアウトプットできるようにしたものです。
開発の出発点は、2004年11月に東京大学の安田講堂で行われた、「次世代ユビキタス情報社会基盤の形成」をテーマとした「ユビキタス場所情報システムシンポジウム」です。このシンポジウムにおいて、(財)国土技術研究センターの大石久和理事長は、海外にも類のない急速な少子高齢化が進むわが国では、その解決への基盤技術として「ユビキタス」の普及が求められている――と熱説されました。また、坂村健教授は、次世代社会資本整備として、さまざまな分野の情報をあらゆる人が利用できるよう、わが国全土で整備を進める必要があり、「ユビキタス場所情報システム」はその新たな基盤となる「モノや場所に情報をくくりつける世界初の技術」と説明されました。安田講堂で行われたシンポジウムは満員となり、熱気であふれるほどのたいへんな盛り上がりを見せ、私たちも大きな感銘を受けました。言わば、それが「ICTとコンクリートの出会い」だったと言えるでしょう。



RFID組込み誘導ブロックで視覚障害者の歩行を支援

Q. その後の開発はどのように進められましたか?
A. 最初の取り組みは、国土交通省が推進する「自律移動支援プロジェクト」という関連プロジェクトへの参画でした。これは、急速に進む少子高齢化による生産人口の減少への対策の一つとして、これまで社会参加が難しかった障害者の方にも社会参加していただこうというテーマのプロジェクトです。いまでも歩道に用いられているコンクリート製の点字ブロックにRFID(※3)を埋め込み、この「RFID組込み視覚障害者誘導用ブロック」を道路に敷いて、音声で視覚障害者の方の移動を支援しようという試みです。
当社は、RFIDをブロックに簡単に埋め込みができ、さらにコンクリートブロック設置後、RFIDに不具合が生じた場合でも、簡易に取替えができるブロック形状の開発に組込み「RFID組込み視覚障害者誘導用ブロック」を開発しました。2005年3月には、神戸で行われた実証実験に参画し、総計7,000枚納入しました。その後、この神戸での実証実験以降も、札幌、東京、愛知万博などで実証実験が続けられています。
この「RFID組込み視覚障害者誘導用ブロック」のような「電脳コンクリート」の活用には、ICタグとユビキタス・コミュニケータはもちろん、赤外線や微弱無線、Bluetoothなどの各種のマーカーなどの整備が必要ですが、これらの整備が進めば、駅などの公共施設での情報提供といった公共の取組みから、店舗や観光施設の情報を店頭で提供など、地域や民間の取組みにも広がっていくものと思われます。



コンクリート強度試験のICT化による品質管理への活用

Q. 貴社自身の電脳コンクリート技術の具体的な応用/活用策は?
A. 一つがコンクリートの品質管理への活用です。コンクリートは、セメント、砂利、砂、水等を混ぜた複合体が時間の経過とともに固まり、必要な強度や品質が得られます。この必要な品質を実証するため、練り混ぜ直後のコンクリートから多数の試験体を作り、28日後に固まった試験体に荷重をかけ必要な強度が得られているか検査します。試験体は「いつ、どの現場に納入したコンクリートで作成」したものか判別するため、固まった後1本ずつ手作業で識別番号をマーキングしてあります。この試験体による品質管理試験は全国では年間1,000万本以上。その管理は非常に複雑で大きな労力がかかっています。
コンクリート強度試験のICT化
コンクリート強度試験のICT化
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そこで、私たちはこのコンクリート強度試験に電脳コンクリートを応用し、より確実で効率的かつ精度の高い「試験体トレーサビリティシステム」を開発しました。練り混ぜたコンクリートを試験体の型枠に打設した直後、RFIDを挿入し、「強度」以外の「いつ、どこの現場に納入したか」などのデータをRFIDとひもづけでデータベースに書き込みます。そして28日後、強度試験を終えたらその結果(強度データ)が自動的にデータベースに書き込まれます。つまり、2つのデジタル作業を施すだけで、最初の型枠マーキング、脱型後の試験体マーキング、強度試験後のデータの書き込み、取りまとめなどの手作業がなくなります。現在では、さらに工事現場へコンクリートを搬入するアジテータ車にもこのRFIDを利用。搬入したコンクリートのデータを「ユビキタス・コミュニケータ」等で確認できるようシステム開発を進めています。



製品の設計図や耐荷重など、さまざまな情報を入手できる“電脳コンクリート”

Q. その他の応用策/活用策をご紹介ください
A. もう一つは、コンクリートによる二次製品への応用です。例えば、ボックスカルバートやL型擁壁ブロックなどのコンクリート製品にRFIDを適用し、さまざまな製造データとひもづけさせようというわけです。ボックスカルバートとは、鉄筋コンクリート製の四角い箱形トンネルを輪切りにしたような製品で、主に地中に埋設して繋げていき、通路や水路などを作るものです。またL字型擁壁ブロックとは、横から見ると大文字のLの形をしたコンクリートブロックで、盛り土の側面や崖が崩れないよう並べて据付け、擁壁として使います。これらのコンクリート製品に埋め込むRFIDに、使用コンクリートの強度試験結果や製品の設計図、生産工程、養生条件に関する情報、強度や寸法、耐荷重など構造設計に関する情報、出荷検査の結果などをひもづけすることで、コンクリート製品のトレーサビリティシステムの構築が可能になります。このシステムを使用すれば、製造業者や運搬業者、さらにはコンクリート製品の購入者や現場の施工者は、いつでもそれらの情報を引きだすことができ、正確な履歴をたどることが可能です。
そして、これらさまざまな電脳コンクリートの技術を総合的に組み合わせて、私たちが作りだしたのが、ビルやマンションの定礎に利用する「電脳コンクリート ICTコンクリートパネル」です。



総合的な「建築トレーサビリティシステム」への進化を目指して

Q. ICTコンクリートパネルによる定礎とはどのようなものですか?
A. ビルディングの基盤部に、「定礎」という文字が刻まれた銘板をご覧になったことがあるでしょう。通常は「定礎」の文字と竣工年月日などが記してあるだけのものですが、この定礎にRFIDを入れて、設計者や施工者、コンクリートやコンクリート製品のスペック、施工方法、維持管理用データ、建築物の設計図面、施工図、設備配管図などの情報とひもづけようと考えました。これにより建造物の品質管理が合理的、効率的に行えるのはもちろん、その住宅や建築物のユーザなどが知りたい情報をいつでも入手できる、より総合的な「建築トレーサビリティシステム」にも進化させることができます。
建築トレーサビリティ
建築トレーサビリティ
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つまり、コンクリート強度試験でコンクリートの品質に関する情報とひもづけた第一のRFID が付けられ、ICTコンクリート製品としてその製品にかかわる情報をひもづけた第2のRFID が付けられ、さらにICTコンクリートパネルの定礎により、工事にかかわる情報を網羅した第3のRFID が付けられることになります。これらのデータをトータルに活用すれば、コンクリートの製造段階から建築物の竣工まで一貫した品質データの履歴を正確にたどり、品質管理を一元化することも可能となるわけですね。……CALS/ECの流れの中で、建築の世界でも、測量から、発注、設計、施工、維持管理と情報の一元化が重要になっていますが、私たちのシステムも、ぜひその流れの中に加えていただきたい、そう考えています。



用語解説
※1   「ucode」:T-Engine フォーラム(会長:坂村健東京大学教授)の中に設置されたユビキタスID センターが認定しているタグ。あらゆるモノや場所に世界で一意の番号を付与するための識別子をucode と呼び、128bitのコードエリアを持つ。このucode を実際にモノや場所にくくりつけるデバイスをucodeタグと呼び、バーコードやRFID、アクティブチップなど、インタフェースやセキュリティにより、さまざまな形状を用意している。
※2   「YRPユビキタス・ネットワーキング研究所」:ユビキタス・コンピューティングの基礎研究所(代表:坂村健東京大学教授)。
※3   「RFID」(Radio Frequency IDentification):ID情報を埋め込んだタグから、電波や電磁界による近距離無線通信により情報をやりとりする技術。