Home > CALS/ECインタビュー > 第2回

CALS/ECマガジン
CALS/ECインタビュー

第2回
『世界初の「電子入札の国際標準」の開発―日本主導による完成までの経緯とその意義―』【パート1】(2007/1/19掲載)
電子入札国際標準化委員会 委員長
中央大学 総合政策学部長/教授
大橋正和氏

電子入札国際標準化委員会 委員
有限責任中間法人IAI日本 代表理事
株式会社CIラボ代表取締役
山下純一氏
2006年12月、国連・欧州経済委員会の下部機関「UN/CEFACT」で、日本が幹事国を勤めるプロジェクトチームが世界初の「電子入札の国際標準」の開発を成し遂げた。この新たな国際標準のベースは、日本の多くの公共事業発注機関が採用している電子入札コアシステムだ。それだけに今後、この国際標準を使い実装を進める世界各国に日本の影響力が及ぶなど多くの効果が期待できる。そこで、この標準開発に主導的な役割を果たした電子入札国際標準化委員会委員長の大橋和正氏と、同委員でe-Tenderingプロジェクトリーダーの山下純一氏に、完成までの経緯や、国際標準の開発の意義などについて、お話を伺った。

国連欧州経済委員会が電子入札の国際標準を開発
日本の電子入札システムをベースに日本主導で開発を
大きく異なっていた世界各国のスタンス
新しい体制、新しい技術ーー前例のない手探りの開発
入札のプロセス自体が大きく異なる日本と欧米


国連欧州経済委員会が電子入札の国際標準を開発

Q. 電子入札国際標準の開発の背景と経緯をご紹介ください
  山下氏 入札に関する国際標準は、もともとEDIFACT(行政、商業、運輸のための電子データ交換)によって定められた標準がありました。日本でも貿易関係の仕事をしている方は、たぶんこのEDIFACTをお使いなのではないでしょうか。また、アメリカは独自の道を行っており、ANSI X12という独自の国内標準を使っていました。しかしEDIFACTにせよANSI X12にせよ、1980年代の古い環境を対象に開発されたレガシーな標準規約であるため、現代のWebには適用することができません。一方では我が国のCALS/ECにおいて実現され運用されている電子入札をはじめ、世界ではWebを使った新しい入札への流れが始まっており、Webに対応した新しい国際標準の開発要求が強まっていました。
UN/CEFACT FORUMの構成
UN/CEFACT FORUMの構成
画像をクリックすると拡大画面が開きます
こうした流れを受けて、国連欧州経済委員会の下部組織UN/CEFACTにおいて、電子入札の国際標準の開発を行うことになりました。UN/CEFACTは世界約120カ国が参加し、webによる電子データ交換の標準化を推進している機関です。実作業はUN/CEFACTのTBG(International Trade and Business Processes Group)6のもと結成したプロジェクトチームが担い、幹事国の日本以下フランス、イギリス、ドイツ、スウェーデン、チェコ、ベルギー、アメリカ、韓国、台湾、インドなどが参加しました。



日本の電子入札システムをベースに日本主導で開発を

Q. 今回の国際標準の開発が、日本主導となったのはなぜですか?
 
大橋正和 氏
大橋正和 氏
大橋氏 CALS/ECの展開を通じて早くから電子入札の運用に取り組んでいたこともあり、我が国の国土交通省やJACICはこの国際標準の問題に対してもともと高い関心を持っていました。そのため、私たちも早い段階からアプローチを開始していたのですが、日本が幹事国を務めることになった直接のきっかけは、2002年3月に開かれたUN/CEFACTのバルセロナ国際会議です。ここで私たちはCALS/ECにおける日本の電子入札の仕組みをプレゼンテーションしました。そして、このプレゼンに各国から大きな反響があり、UN/CEFACTからもこの日本案を基に国際標準開発のプロジェクトを進めてはどうか、という提案があったわけです。
また、このタイミングで国際標準のプロジェクトが立ち上がった背景には、別の理由もあります。
UN/CEFACT FORUMの構成
国内の検討体制
画像をクリックすると拡大画面が開きます
というのは、UN/CEFACTの組織自体の問題です。従来はこれも業界の縦割り型組織で、標準も各業界ごとに別々に設けていましたが、90年代以降、インターネットの普及により業界を横断する水平横断型の仕組みが必要になってきたんですね。そこでこの横断型の標準をどうするか、組織や標準化の手法自体を横断型対応にしていくべきだろうと、UN/CEFACTでもちょうど検討を始めていた矢先でした。そこで私たちの電子入札国際標準の開発が、このUN/CEFACTによる水平横断型の国際標準プロジェクトの第1弾として選ばれるに至ったのです。



大きく異なっていた世界各国のスタンス

Q. 電子入札の国際標準に関する、当時の各国の考え方は?
  大橋氏 実際に開発を始めるにあたって、まず欧米各国を回ってプロジェクト参加への打診を兼ねて調査を行いました。バルセロナ会議後の6月ごろのことで、行ったのはフランス、スウェーデン、オランダ、イギリス。ヨーロッパは総じてEUの電子政府の必要から、この問題に関して熱心に取り組んでいました。日本の目指す方向とは違いますが、この分野にとても力を入れていましたね。一方、アメリカではNIST(米国連邦標準・技術局)などを訪ねました。私たちのプロジェクト自体には興味を持ってもらえましたが、アメリカ自身は標準化は考えておらず、その選択と普及については市場原理に任せようという考えでした。
実は欧米では、このとき既に多くの国際標準機関がさまざまな形で国際標準の開発にトライアルし、その多くが失敗していたという背景があります。我々としては失敗した多くの先行例に対する反省点も踏まえながら、いろいろの方法論を考えていったわけですが、当初は私たちのプロジェクトに対してヨーロッパではやや冷ややかな部分がありましたし、アメリカも内心ではヨーロッパ同様「本当に日本にできるのか?」と危ぶんでいたかもしれませんね。興味は持ってくれるものの、当初は参加しようとは言ってくれませんでしたから。我々はこうした各国をなんとかして説得し、プロジェクトに参加してもらえるよう働きかけていったわけです。



新しい体制、新しい技術ーー前例のない手探りの開発

Q. プロジェクトの進行に際しても、多くのご苦労があったのでは?
  大橋氏 そもそもCALS/ECは1985年頃、アメリカ軍のマニュアルの電子化などから始まり、日本を初め世界に広がって行ったものですが、現在では“CALS/EC”という名称はあまり使われておらず、世界を見渡してもこの名称は日本にしか残っていません。実際、アメリカ人に聞いてもCALS/ECという言葉自体を知らない人が多くいます。その意味で、プロジェクトのスタート時点は、基本的なことでもなかなか各国の理解が得られず大変でした。
また、スケジュールに関して言えば、当初国連からは「1年半で完成させるように」と言われていました。要は早く成果をあげろということなんですが、実はこの時点では標準化に至る水平横断型での手順や組織はまったくできていなかったんです。そのため全て手探りで進めざるを得ず、途中で方法論が変わったり組織が動いたため、多くの手間がかかってしまいました。まぁ、全く新しい体制のもと、新しい技術を使って、しかも全く前例が無いものを手探りで作ったのですから、苦労があったのは当然かもしれませんね。各国の意見調整やとりまとめについては、山下さんをはじめとした日本の委員会のメンバーが各国を回ってきめ細かな調整作業を熱心に行ってくれたのが、非常に効果的でした。また、日本国内のワーキングのスタッフも非常に優秀で、さまざまな案をスピーディにまとめてくれたことにも助けられましたね。



入札のプロセス自体が大きく異なる日本と欧米

Q. 開発の実作業に関しても各国の意見の違いは大きかったのですか?
 
山下純一 氏
山下純一 氏
山下氏 そうですね。先ほど大橋先生がおっしゃっていらした通り、当初各国の意見の違いは非常に大きく、この調整にはとても苦労しました。日本のCALS/ECの電子入札をベースに作っていくといっても、実際には日本の入札と欧米のそれとでは大きな違いがあったんです。たとえば「数量内訳」の問題があります。数量内訳は日本の入札には存在しないプロセスなのですが、欧米では非常に重視されている項目で、いくら日本案がベースとは言え、これを入れてない標準など欧米では使ってもらえないわけです。当然、新しい標準にも、この数量内訳のプロセスを入れなければなりませんでした。しかし、かといってそれを必須項目にしてしまうと、今度は日本側が困ります。日本はこの項目を使えないのですから。そこでこれは選択できるような形にする必要がありました。また、実際にこれを入れ込んでいくにあたっても、日本にはノウハウがないので欧米側に作ってもらわなければならず、この点でも苦労がありましたね。
幸運だったのはヨーロッパには標準化機関としてCEN(欧州標準化委員会)というのがあるんですが、たまたまプロジェクトに参加してくれたヨーロッパの委員がこのCENのメンバーも兼ねており、ヨーロッパ側の議論の調整がスピーディかつスムーズに行えたということがあります。あの幸運な偶然がなかったら、こうした調整作業にさらに大きな手間がかかっていたかもしれません。(2007/1/19掲載)
パート2に続く


国際標準の内容とXMLスキーマ

今回、UN/CEFACTが開発した電子入札の国際標準は、電子入札を行う上で必要な手続きと、その手続きに必要なデータ項目の標準、及びこれらの手続きとデータ項目をもとに作成されたXMKスキーマを含めたものによって構成されている。
XMLスキーマとはW3C(World Wide Web Consortium :WWWの標準化を行う団体)で提唱された、XML文書の構造とタグを定義する仕様を指す。UN/CEFACTでは手続き(プロセス)の標準であるBRS(Business Requirement Specification)を標準文書としており、これにデータ項目標準であるRSM(Requirement Specification Mapping)とXMLスキーマを技術仕様書として付属させることになっている。